大学教員とパンデミック

新型コロナウイルス感染症が蔓延する状況下での大学教員のストーリー

先の見えない不安

とにかく研究が進まない、というのが第一です。

マルチタスクで色々なことを同時にするのが苦手な私にとって(大学教員に不向きかもしれませんが…)初職に就き、その仕事に慣れる中で研究をつづける事だけでも精いっぱいなのに、コロナ過という環境の中でイレギュラーな仕事ばかりがつづき、1年目はとても研究できる状態ではありませんでした。環境に適応するのに必死でした。

所属していた大学院では、修士課程・博士課程の学生それぞれに対して、この1年(2020年)は休学等含め、在学年数にカウントしないようにできる措置などが取られたようですが、すでに博士課程を出てしまった人たちに対する措置はありませんでした(所属外なので当たり前かもしれませんが…)。研究ができないまま、課程博士の期限だけが迫って来るような状態が続いています。

私の場合、フィールドワークや聞き取り調査が主たる研究方法ですので、調査先に足を運べないというのはかなりダメージが大きかったです。もちろん、オンライン等での調査も可能なのですが、それをするための十分な前提条件も整わないままで、結局入職1年目は、論文もかけず、個人での学会発表もできずという散々な状態でした。これも、努力をしなかった自分の責任なのでしょうか?

こういう悩みは「まだ若いのに何言ってんの」という年長の研究者からの言葉によってなかなか表に出せない(出してはいけない)ものでもあります。1、2年後の任期切れが迫り、言い表しようのない不安を抱えている若手の研究者がいることも、ぜひ多くの人に知ってほしいという思いでいます。

 

ペンネーム:名無し

簡単なプロフィール:博士課程を満期退学後、任期付きのフルタイム職に。入職1年目からすでにコロナ禍。任期は3年のため、就職活動中

調子はどうですか?:毎日が精一杯です

 

大変だけど、実はマイペースな暮らしに

コロナ禍になって、一番、困ったのは、オンライン授業への対応と見通しのなさでした。

私の勤務する大学は、途中から対面となったゼミを除いて、2020年度前期は遠隔授業でした。2020年度後期以降は、密を避けつつ原則対面。それ以後、ゼミ(4つ)と2つの講義を対面、1つの講義を遠隔との併用でやっています。学内感染があったりして、途中短期間、遠隔のみになった時期もありますけど。

一番、しんどかったのは、ほとんどの授業が遠隔だった2020年度前期でした。ゼミ以外は文書配信しかできず、3つの講義の教材を毎週、つくるのはかなりの負担でした。新入生ガイダンスのオンライン化、オンライン受講がむずかしい学生への対応などの業務もあり、必死にこなしました。2020年後期からは対面授業が基本となり、ふだんに近い形で授業ができています。大学の設備整備が進み、遠隔授業もやりやすくなっています。オンライン環境の整備で監視が容易になる怖さもありますが、背に腹はかえられない状況です。

自分の感染も不安ですので、遠隔でやりたい気持ちもあり、学生にも遠隔は人気が高いです。昼間、バイトができるからオンラインの方がいいと言っている学生もいて、複雑な思いになります。他方で、対面が好きな学生もいますし、家にいても騒々しいとか、家事や介護であてにされたりとか、勉強の障害になるいろいろな事情があるので、対面はやり続けなければならないと考えています。

ゼミ合宿やフィールドワークなど、授業以外の教育はほとんどなくなりました。ただ、何もしないのも問題なので、希望する学生と貧困者支援活動を訪れたりはしています。コロナの中でやりづらいけれど、役に立ち方を考えようとやっています。

授業以外の業務(会議、学部行事など)は簡略化されたり、オンライン化されたものもあり、負担は減っています。職場の付き合い(飲み会や食事など)は激減したので、気遣いのストレスはなくなりました。

労働や生活に関する現状分析を研究テーマとしているため、コロナ禍だからこそ調査や分析が必要で忙しいです。研究会や学会は基本的にオンラインとなっているため、参加数が増えています。労働組合の活動や講演などの社会活動はオンラインになったりなくなったりして、必要な活動だと思うところに自分で選んで参加するようになりました。

研究に時間が割けているのは、学内の会議や研究会、社会活動がオンラインになったりなくなったりして、体力的に余裕ができていること、人付き合い的なストレスがあまりないことが大きいと思います。

全体として、対面授業が原則となっても家にいる時間は増えているので、生活は健康的になっています。夫とは別居していますが、夫は飲み会が減って家にいる時間が増えたので、電話などで話す機会は飛躍的に増えました。私の場合、子どもがいないこと、親も頑張ってくれていること、住まいの周辺に商店街などコミュニティがあること、比較的おおらかな大学の管理、経済的な不安がないこと、コロナ禍だからこそ問題がクリアになり勉強がおもしろいこと、等々が、生活やメンタルの健全さを支えていると思います。

大変な思いをしている人には申し訳ないのですが、コロナ禍が終わって、あの、忙しくてストレスフルなふつうの生活に戻るのが怖いという感覚があります。

 

ペンネーム:むすいなべ

簡単なプロフィール:大学教員(非正規5年、専任6年半)

調子はどうですか?:悪くないです

 

 

大学ごとの対応にあわせるしかない

いくつかの大学で非常勤をしています。

同じ地域にある大学でも、授業をオンラインにするか対面にするかといった対応に差があります。その方針決定が早いところもあれば、直前まで決まらないところもあり、各大学組織の特徴が見えるなぁと感じています。

実務的なところでは、オンライン授業で使うツールも大学によって違うので、ひとつひとつ慣れていくのは結構大変です。非常勤掛け持ちだと様々なケースに対応しなくてはいけない(しかも運営面で意見を言う機会はほぼない)のが辛いところかと思います。

授業では学生とのコミュニケーションの機会が限られていることに難しさを感じます。特にオンデマンド型の遠隔授業はリアルタイムの反応が窺えないので手応えが感じにくいのですが、対面授業でもマスク着用で密を避ける状況だと勝手が違います。いつも自分の授業について「これで良いのか?」と自問自答しています。

一方でGoogleフォームの活用など、コロナが収束した後も続けていきたい取り組みもあります。また、オンライン授業が増えたことで、時間の使い方に柔軟さが増したと感じます。オンデマンド型の授業を早朝に撮影し、日中はプライベートな用事を済ませたるといった過ごし方ができるのは単純にありがたいです。また、肉体的にも通勤の負担が減ったことで、疲労が溜まりにくくなりました。

なので諸々トータルすると、コロナ禍ゆえの苦労もあれば、逆にこれまでの負担から解放された部分もありプラマイゼロというのが現在の実感です。

私が責任の少ないポジションであることや、身近なところでは感染者がいないのでこんな悠長なことを言っていられるのかもしれませんが…とにかく、今できるのは変わりゆく状況に適応していくこと、感染対策を徹底していくことだと思っています。

 

ペンネーム:アナザーエデン

簡単なプロフィール:ゆるゆる非常勤講師

調子はどうですか?:毎日あっという間です。

学生に対するアンビバレントな思い

日常的に人工透析をしているため、対面で講義をしたり、個別に学生に会ったりするときには、いつも緊張しています(対面で学生と話すのは楽しくもあるので、気がつくとそうした緊張を忘れていることも多いのですが)。

また学内での学生の振るまい、たとえば食堂などで学生が大声で話をしていたり、廊下やリラックススペースなどで集団でマスクをつけていなかったりしている姿をみると、ぎょっとしてしまいます(私の職場では、地域の感染状況がまだ限定的であること、9割の学生が自宅外生であることなどを鑑み、一定の条件のもとで、学生が学内に入ることを認めています。また2021年度前期は、感染対策をしつつ対面での講義を原則とする、という方針で始まったので、キャンパス内にいる学生が多いです)。

そうした場面に直面した場合、学生と距離をおきながらすみやかにその場を立ち去るようにしていますが、そうやって学生をあからさまに避けるという自分の振る舞いになんだかなあ、と思うこともしばしばです(いきおい研究室にこもりがちになりますが、そうやって「こもれる」ということ自体ある種の特権なのだろうと考えると、それももやもやの種になります)。

私の勤めている大学の学生(だけではもちろんないですが)は、コロナ禍でアルバイトが制限されたり、仕送りが減ったりするなかで、経済的・精神的にさまざまな困難を抱えている学生が少なくないです。そうした学生の窮状に対して、可能な範囲で、支援を継続したいという思いもあります。その一方で、身近な学生の振るまいに呆れたりすることも少なくないですし、そうした振る舞いが感染・重症化リスクの高い学生・教職員を危険にさらすということへの認識を持ってほしいとの思いも強いです。

 

ペンネーム:ケタストロフィー

簡単なプロフィール:地方国立大学教員、家族は妻と子ども(小学3年生)

調子はどうですか?:ひきこもっています。

 

 

在宅疲れ

大学からは昨年度末から対面を増やせと言われ続けていますが、今のところ全てリモートで授業をしています。

履修者数は平年より減った感がありますが、中国からビザがおりず、リモートで参加してくれる学生諸氏には、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、私のような受け皿があってよかったのかなとも思います。

通勤が極端に減り楽になった面が多いですが、学生の顔が見えないこと、試験がしにくいこと、家族も在宅でストレスが溜まることなどはありますね。

 

ペンネーム:デンパサール

簡単なプロフィール:万年准教授

調子はどうですか?:ぼちぼちです。

研究者への影響に関する情報

ここでは、新型コロナウイルス感染症が研究者に与えた影響に関する情報を置いていきます。整理せずに(重複もあるかもしれませんが)、そのまま置いている状況です。時間があれば整理します。

 

日本語で読めるもの

[1]

geahssoffice.wixsite.com

 

[2]

rihe.hiroshima-u.ac.jp

 →広島大学高等教育研究開発センターによる情報(主に教育に関して)

 

[3]

daigakukyoiku-gakkai.org

 →下部に、会員を対象とした調査結果がある。

 

[4]

univ-journal.jp

 →研究者を対象とした調査の結果をまとめた記事で、下部に論文へのリンクが張られている。

 

[5]

www.nistep.go.jp

 →下部に報告書へのリンクが置いてある。

 

[6]

zendaikyo.or.jp

 

[7]

academist-cf.com

 

[8]

www.zeninkyo.org

 

[9]

www.utcoop.or.jp

 

[10]

www.tufs.ac.jp

 

[11]

drive.google.com

 →立命館大学の蒲生諒太先生による大学教員を対象とした調査の結果。

 

[12]

sites.google.com

 →[11]同様に立命館の蒲生先生によるもの。文科省に届いた「苦情・要望」についての整理・分析。

 

英語で読めるもの

[1]

www.nature.com

→[追記(20210128)]日本語訳がありました。

 パンデミックと女性研究者たち | Nature ダイジェスト | Nature Research

 

[2]

www.nature.com

 

 [3]

www.ucu.org.uk

 →イギリスの大学(UniversityとCollege)ユニオンの特集ページ

 

[4]

postpandemicuniversity.net

  →コロナ以降の大学や大学教員の在り方についての論稿が並んでいるが、それだけではなく、現代の大学および教員が直面している困難一般に関する論考もある。

 

[5]

www.insidehighered.com

 

[6]

www.thelily.com

 

[7]

onlinelibrary.wiley.com

 →雑誌Gender, Work & Organizationの特集「Feminist Frontiers Special Issue: Gendered labor and work, even in pandemic times」

 

 [8]

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00131857.2020.1777655

 →雑誌Educational Philosophy and Theoryの特集「Reimagining the new pedagogical possibilities for universities post-Covid-19」に、多くの著名な教育学者が小論を書いている。例えば、ガート・ビースタ、マイケル・アップル、ピーター・マクラーレン、ロナルド・バーネット、ニコラ・バービュラス等。ただ、大学教員への影響だけではない内容。

 

[9]

fusion.inquirer.com

 

[10]

www.asanet.org

 →アメリ社会学会の関連情報

 →この中に「COVID-19 Resources for Ethnographers」という関連ページへのリンクがあった。コロナ禍において社会調査(特に質的調査)はどうするのだ?と以前から考えていたので、参考になるかもしれない。

COVID-19 Resources | Contemporary Ethnography and Inequality Workshop

 

[11]

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14616696.2020.1809690

 →雑誌Europian Societiesの論文「The pandemic and the academic mothers: present hardships and future perspectives」。子供をもつ女性研究者がコロナ禍においてどのように仕事や研究を意味づけているのかに関する考察。

 

[12]

www.nature.com

 →研究者のバーンアウトが拡がっているという記事。調査結果から、転職や早期退職を考える研究者が一定数いることや女性研究者が男性研究者以上に困難を抱えていること等も書かれている。記事の中でリンクが張られている調査も重要そう。

 

[13]

www.insightintodiversity.com

 →‟caretaking responsibilities for loved ones who contract COVID-19 may also fall more often on women faculty. For educators of color, there is a greater likelihood of having a sick loved one or mourning the loss of someone who has died from the virus, as racially and ethnically underrepresented populations have suffered higher infection and mortality rates.

 

[14]

https://psyarxiv.com/23axu/

 →コロナ禍でイギリスの大学で働く教職員の心身の健康に関する調査(報告書)

 →結果を「要約」から一部紹介すると、教職員のうち2人に1人が慢性的な精神疲労を感じており、また心配事があり、ストレスを感じている。教職員2人に1人が、メンタルヘルスの調子が悪い(poor)と回答している。教職員のうち2人に1人が高いレベルの不安を感じている。その数値は全国平均の1.5倍もの値である、等など。

*以下、関連ツイート

 

学生と授業について話し合う

少し前のことだが、勤務先で複数の学生が新型コロナウイルス感染症に感染したことを受けて、大学の指示もあり、オンライン授業になった。

そこで、今後どういう授業形態(対面かオンラインか)が学生たち自身にとってよいか授業中に話し合ってもらった。

流れとしては、授業前に授業形態に関するごく簡単なLMSの「アンケート」に回答してもらった。そしてその結果を私が整理して、その授業のLINEグループに投稿した。単に「対面かオンラインか」の回答結果だけではなく、理由も尋ねていたので、理由もあわせて投稿した。多くの大学で同じような結果が出ていると思うが、学生の回答結果はわれている。不安を理由に「オンラインで」という学生のほうが多いが、「絶対対面」という学生も少ないがいる。

授業当日は、オンライン(Zoom)で、いつものようにチェックイン(一週間どうだった?今日の調子は?等学生一人ひとりに尋ねる)を行ない、その後にどうしてもやる必要のある内容があるので、それをやって、その後にブレイクアウトルームを作り、4人程度のグループになって話し合ってもらった。そして、そのグループごとの話し合い結果をLINEグループに投稿してもらって共有をした。学生にはその結果を踏まえて今後の授業運営について考えることを約束して、その日の授業はお終い。

今のこの事態は確実に「歴史」に残る状況なわけで、全ての学生がその学生なりに悩んだり、いろいろと考えている。

上記授業とは異なる授業だが、昨年度前期は予定を一部変更して、学生には①コロナの社会的影響について調べる(ウェブサイト等を主に使って)②LINE通話やZoom等を使って数名にインタビューをし、対象者のコロナ禍における職業生活や学校生活について聞くという課題を出して、提出してもらった。とてもよく出来ていたが、その成果物を学生たちときちんと検討できなかった。

正直なところ、私は昨年から憂鬱なことがとても多いのだが、そしてそれは学生も同じわけで、誰もがこうした状況に陥っているということ事態を「教育的課題」として再文脈化することも出来るし、そうした試みがあってもいいのではと思っている。

…と、「それっぽく」書いてみたものの、とにかく学生も不安だし、教師である私も不安なのだ。だったら、それを言語化して共有したほうがいい、そう感じたということ。

それにしても、早くコロナどっかいってくれ!キャンパスには学生がたくさんいたほうがいい。